みんな安心の出会い

彼らは職と寝る場所を失っていただろう。 Iは帽子を回し、Gを単独で送り出すためのタクシー代を集めようとしたが、ジョッキーたちの持ち金では、とてもそこまでの額は集まらなかった。
Iはその日の午後を、ずっとGに付き添ってすごし、水を飲ませたり、病院に連れていってくれと開催執務委員にむなしく訴えたりした。 最終レースが終わると、やっとのことでGは病院に運ばれIが病室に付き添った。
ほどなくポロパークでの開催は終わりIは次の競馬場に向かう調教師に連れられて、やむなく親友のそばを離れた。 数日後、Gは死んだ。
まだほんの16歳だった。 彼の死は、ほとんど誰の気にも留まらなかった。
ジョッキーの事故死は日常茶飯事で、新聞でもごく短い記事になるのが関の山だったのだ。 その町でGの死を悼んだのは、騎手たちが″M″と呼んでいた女性と。
が足繁く通っていた蒸し風呂の経営者だけだった。 彼女は少年を埋葬したが、墓石を建てるだけの余裕はなかった。
Iはわずかな蓄えを、墓石の代金としてMに送った。 彼女は余ったお金で小さな花束を買い、少年の墓に供えた。
そして墓の絵を描きIに送った。 17年後もIはその絵をもっていた。
競馬場は、残酷な話、奇怪な話、そして奇跡的な逸話の宝庫だった。 1938年、アグアカリエンテ競馬場のトップジョッキー、Tは、お気に入りだったトロマクの騎乗を、赤ん坊が生まれたばかりで金を必要としていたJ・Sという貧しい騎手にゆずった。
勝利に向かって慕進していたトロマクは、だしぬけに前脚を交差させて倒れ、サリバンを圧死させてしまう。 ローゼンガーテンはその一部始終を、恐怖の面もちで見つめていた。
落馬して意識不明になり、水溜まりにうつぶせで倒れこんだE・Aは、スタンドから駆けつけたカメラマンが顔を上向きにしてくれたおかげで、あやうくレース中に溺死した史上初のジョッキーにならずにすんだ。 ふたつの大戦のあいだにヨーロッパとアメリカの両方で活躍していたS・Dは、クリッピングヒールで落馬して、押し寄せる馬群の前に投げ出されたことがある。

すると、どこからともなく初老の女性が現れ、彼の手をつかむと、ラチの下に引きずっていってくれた。 老女は馬場内の安全な場所まで彼を引きずると、そのまま姿を消した。
Dは以後2度と、その女性に会うことはなかった。 だがどんな話をもってしても、″ペパーポット″ポルトガルの辛みの利いた濃厚なスープ?と呼ばれる短気でがむしゃらな十代の騎手Iの奇妙な体験談の上を行くことはできないだろう。
1936年の春、Pが、カリフォルニアのベイメドゥズ競馬場で最多勝をあげたジョッキーへの賞品として、500ドルの豪華な腕時計を提供した。 開催最終日の前日までに、Nは2位のジョッキーに2勝差をつけ、なおも猛然と飛ばしていた。
その日の午後、Fという馬にまたがって最終コーナーを勢いよく回った時、Nはトップを快走し、クロスビーの賞品を手にするのは確実と思われた。 だがなんの前触れもなく、Fがつまずいてくずおれ、Nはラチに向かって投げ出された。
地面にはね返ったNは、後続の馬群に踏みつけられた。 ジョッキーを投げ出したおかげで転倒の勢いが弱まったFは、無傷で立ち上がったものの、ジョッキーはぴくりとも動かなかった。

客席にいた医師ふたりが、競馬場の医師とともに駆けつけた。 彼らはその場でNの死亡を宣告した。
スタンドに厳粛な口調のアナウンスが流れ、祈祷のため、客席に起立を求めた。 暗い気持ちに包まれた観客が頭を垂れ、記者たちが大急ぎで編集部にニュースを連絡するなか、Nの死体は葬儀場へと運ばれた。
つま先に識別のための名札をつけられた彼は、テーブルに乗せられて、葬儀の準備を待った。 Nの友人の医師、H・Sが、ニュースを聞いて、遺体を見にいった。
到着したSは、競馬場の医師たちが見逃していたあることに気がついた。 彼は注射器を用意し、Nにアドレナリンを打った。
Nは起きあがった。 数分後、よろめく足で葬儀場を出ると、通りでタクシーを拾った。
そして大急ぎで競馬場に戻ると、車から飛び出してジョッキールームに急行した。 ついさっきまで死体だった男が、血にまみれた半裸姿でスタンドを駆け抜けるのを見て、ファンたちは驚樗し、あとを追った。
Nは群衆をふりはらい、猛スピードでクラブハウスを駆け抜けると、片足にブーツをはき、もう片方の足には名札をつけたまま、ジョッキールームに飛びこんだ。 全員が腰をぬかさんばかりに驚いた。
ショックから立ち直ると、ジョッキーたちは、わめき散らすNを救急室に連れていった。 彼は残りのレースにも出るといい張ったが、開催執務委員会はとんでもないとばかりに断った。
Nは説得されて家に帰ったが、まだ賞品の時計はあきらめていなかった。 翌日、彼はやる気満々で競馬場に復帰した。
サンフランシスコの住人たちが新聞で彼の死亡記事を目にしていたころ、どう見ても死人とはほど遠いNは取り遍かれたような騎乗を見せ、みごとに腕時計を勝ち取った。 彼の死を報じる記事は、59年早すぎたのだ。

出走できないジョッキーは、忘れ去られたも同然だった。 この冷徹な現実ゆえに、大半のジョッキーは、なにがあろうと騎乗をこなし、どんなにひどい怪我でも、肩をすくめてやりすごした。
「脚は一回折ったことがあるし、頭蓋骨も一回割れた。 でもひどい怪我なんて一度もない」と元騎手のWは語っている。
J・Iは、脚と背中の骨が折れたまま、大レースで勝利したことがある。 S・Sは、ダディロングレッグスという若駒が閉めてあったパドックゲートに突進し、ひっくり返ってゲートを乗り越え、自分の上に落ちてきた時も、折れた手首の骨を布でしばっただけで、片手で騎乗を続行した。
牝馬から落馬したさいに、片足があぶみからぬけず、そのままトラックを引きずられたこともある。 足の骨が折れてあぶみからはずれるまで、彼の頭はずっと、地面を強打する馬の脚のすぐわきでガクンガクン揺れていた。
しかしそのシーズンの騎乗をあきらめたくなかったDは、車で厩舎に通い、人に馬まで運んでもらうと、かさばる石骨のギプスを片脚につけたまま、毎日騎乗しつづけた。 なによりも信じがたいのは、ある馬に地面にたたきつけられ、内臓をひどく傷めたにもかかわらず、放置したまま一年間騎乗をつづけたことだろう。
自分が重傷を負っているのは承知のうえで、彼は治療を拒み、誰かがやっとのことで医者に連れていくまで、日に日に衰弱しつづけた。 診察室に入った瞬間、彼は気を失って、医師の腕のなかに倒れこんだ。
Dは救急病院にかつぎこまれ、ぎりぎりで命を救われた。 これだけの痛みをこらえてまで騎乗をつづけようとした理由は、ほどなくあきらかになった。

入院中にあっさりと.専属契約していた調教師にクビを切られてしまったのだ。 騎手が怪我をかたくなに認めようとしなかった最大の理由は、認めてしまうと、きわめつぎの敵に門戸を開いてしまうからだった。
痛みを認めることは、危険を認めることだ.彼白熱する闘いに尻ごみする男など、誰も雇ってくれはしない。 逆にライバルが怯えをいだいていることを喚ぎとると、ジョッキーは容赦なくつけこみ、威嚇的な走りでその男を置き去りにしようとする。

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